政府や投資家の間では、気候変動に伴う災害リスクにさらされる対象は指数関数的に増加していくだろうという見方が強まっています。世界の自然災害による経済損失額は2020年に1900億ドルにのぼり、2019年より50%も増加しています。この急増の一因は、ハリケーンの増加にあります。ハリケーンは、山火事やその他の自然災害と同様に、気候変動によって発生頻度がさらに高まることが予想されています。保険会社のスイス・リーは、気候変動が世界経済に与える影響は2050年までに23兆ドルに達すると推計しています。さらに、地球規模での温室効果ガス排出量がこのままの勢いで増え続ければ、企業が一時的にこの問題に取り組んだとしてもビジネスに関連するリスクは増大するでしょう。
気候危機は国家が主体となって扱う問題と考えられているかもしれませんが、大企業が排出量の大半を占めており、自発的な情報開示からESG(環境、社会、ガバナンス)関連の誓約に至るまで、政策に多大な影響を及ぼしています。
気候変動への取り組みの一環として、企業がネットゼロに対する誓約を行い、排出量の目標を公表することは、一般的になりつつあります。しかし、それだけでは不十分です。ネットゼロ誓約だけで気候変動の影響を以前のレベルに戻したり、抑えることができる時期はとうに過ぎました。その結果、投資家および規制当局は、企業が将来の気候危機を乗り切ることができるのかを問う声がますます強まっています。
そういった心配の声が上がるのも当然です。私がオバマ前大統領の下でFEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)長官を務めていたとき、関係機関や企業の不意を突くように記録的な災害が繰り返し発生するのを目の当たりにしました。
気候変動に伴う災害に対処するにあたっては、企業はESGにさらに1文字追加する必要があります。それは、レジリエンスの「R」です。組織レベルでは、レジリエンスは気候変動の脅威およびそれが企業や地域に波及的に及ぼす影響を把握して軽減することを指します。それが電力や水の供給元の確保であれ、災害が交通やサプライチェーンに与える影響の把握であれ、組織には災害発生時における「未知の未知」の変数まで前もって特定する責任があります。レジリエンスは、事業継続計画や保険契約といった枠にとどまらない、現在および将来の気候危機に関するデータに裏付けられた理解に基づいたものでなければなりません。またレジリエンスは、進行中の危機についてパートナーや利害関係者に情報を開示し、悪化の一途をたどる気象災害に協力して対処することでもあります。
このような未来を実現するには、民間と公共部門の協力体制の強化、データへのアクセスの拡大、気候変動の脅威シナリオを理解するための確率論モデルの改善、透明性のある正確なリスク情報の開示が必要です。今の自然災害は、インターネット黎明期におけるサイバーリスクと通じるところがあります。つまり、組織は自分たちの脆弱性を理解し、それを守るために必要な装備がない状態だということです。
私たちの気候変動への対処は、汚染の削減や環境に配慮したソリューションの導入に頼るだけのものであってはなりません。今見えていない自分たちの盲点を知る必要があります。温室効果ガス排出量の定量化からその最終的な影響の定量化まで、気候変動リスクのエクスポージャーを正確に把握しなければなりません。
気候関連リスクの開示が一般的になった世界では、レジリエンスに関してより厳しい説明責任と明確な評価が求められます。2021年4月に米国のジャネット・イエレン財務長官は、グリーン投資を評価するための標準化されたシステムの必要性を訴えると同時に、環境目標を達成するにあたって「レジリエンスとライフサイクルコスト」も考慮する必要性について述べました。現在のところは企業に対する規制が十分に明確ではなく、意義のある活動を実施するにも、企業にとって動機付けとなる飴と鞭のインセンティブがない状態です。この現状を変えれば、より多くのキープレイヤーが行動を起こすでしょう。
これは単なる説明責任の問題ではありません。個々の企業とその投資家は、自らが依存しているインフラに対する気候関連リスクをより深く理解することに明らかな関心を示しています。異常気象による物理的なリスクについて具体的かつ測定可能な情報の開示を推奨することで、気候変動がもたらす財務上のリスクが注目され、上場企業には説明責任が生じます。
気候変動が抽象的な未来の懸念事項であれば、行動を起こさないのも仕方がないかもしれません。しかし現在の気候危機は、既に地球、社会そして人々の生活に、長期的でともすれば回復不可能な被害をもたらしています。
米国には気候変動レジリエンスをリードする機会があります。これは長期における戦略的かつ経済的な優先事項とも合致するものです。この数十年で、個人や企業の気候危機への取り組みに対する関心は高まってきています。しかしそれを効果的に行うには、企業がありきたりなメッセージの発信や従来の手法からさらに一歩踏み込んで、より根本的な問題に取り組む必要があります。
気候関連の脆弱性を開示することで、企業は自社の利益だけでなく、社会の利益のために行動するようになります。これを正しく行うことができれば、将来、気候変動がこれほどまでに大きな災害を引き起こすことはなくなるかもしれないという希望を抱きながら、自然災害による被害を軽減し、世界中のコミュニティや組織がその後に続くよう導くことができます。
クレイグ・フューゲイト(Craig Fugate)
One Concern 最高レジリエンス責任者。オバマ政権下でFEMA(米国連邦緊急事態管理庁)長官を努めた。